【エリスマン邸】レビュー:アントニン・レイモンドが描いた、師ライトへの追憶と近代への萌芽

横浜・山手の丘に佇む「エリスマン邸」を訪れた。この名建築の設計を手がけたのは、チェコ出身の建築家、アントニン・レイモンドである。1919年、帝国ホテルの建設のためにフランク・ロイド・ライトの助手として来日した彼は、後に前川國男や吉村順三といった日本建築界の巨星たちを育て上げたことでも知られる。このエリスマン邸は、彼が師であるライトの元を離れ、アメリカ式の建築設計事務所を設立して独立した当時の、記念碑的な住宅作品である。

館内に足を踏み入れると、師であるライトの影響を色濃く残しながらも、次第に独自の「近代合理主義」に基づく作風を確立しようとするレイモンドの情熱が伝わってくる。1982年、一度はマンション建設のために解体の運命を辿ったこの建築だが、当時の所有者である氷川商事の厚意によって部材が横浜市に寄贈され、1990年、かつての山手居留地81番地にその姿を甦らせたのだという。

レイモンドがデザインした家具たちが語る、美学の真髄

現在は1階のみの公開となっているが、その空間の密度は極めて高い。特筆すべきは、アントニン・レイモンド自身の設計を忠実に復元した家具の数々だ。ソファーの肘掛け椅子、ダイニングテーブル、サイドボード、そして端正な8角テーブル……。それら一点一点が、繊細な部材の選定と、時代を超えて色褪せない美しさを保ち続けている。

私はかつて、長野県野尻湖にあるYWCAの敷地内でレイモンドの建築に触れたことがある。その際も感じたことだが、ダークブラウンの落ち着いた色調と、漆喰の白のコントラストは、レイモンド建築の真骨頂と言える。そこに「コロニアル様式」と呼ばれる異人館特有の開放的な意匠が加わり、大正から昭和にかけてのモダンな空気感を今に伝えている。

上品かつエレガント、暖炉が灯す邸宅の記憶

特に心を奪われたのは、応接室の暖炉とその上部に施された緻密な装飾だ。見上げれば、当時の美意識を象徴するようなシャンデリアが、空間を優しく照らしている。華美に過ぎず、しかし凛とした品格を漂わせる「上品かつエレガント」な意匠の数々。それは、合理性を追求しながらも、住まう人の心地よさと芸術性を決して損なわない、レイモンドの深い知性を物語っているようだった。

横浜の海風を感じながら、この邸宅を巡る時間は、まるで100年前のモダンな横浜へタイムスリップしたかのような錯覚を覚えさせてくれる。建築を志す者、あるいは美しい空間を愛する者にとって、エリスマン邸は今なお、豊かなインスピレーションの源泉であり続けている。


エリスマン邸(Erisman邸)
設計:アントニン・レイモンド
所在地:神奈川県横浜市中区元町1-77-4(元町公園内)
入館料:無料
公式サイト:横浜市緑の協会 エリスマン邸

Google Map:エリスマン邸 地図