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飯沼英樹


個展

2002
メゾン・ピラウド美術館(フランス)
ギャラリー コーネリウス・ブレーザー(ドイツ)
ジェンティユ礼拝堂(フランス)
2003
ヴィギリウス マウンテンリゾート(イタリア)
ギャラリー コーネリウス・ブレーザー(ドイツ)
2004
ギャラリー コーネリウス・ブレーザー(ドイツ)
2005
エルンスト・パルラッハ賞展覧会(ドイツ)
ファビアン&クロード ワルター ギャラリー(スイス)
2006
ファビアン&クロード ワルター ギャラリー(スイス)
2010
マリアン・クラマー・プロジェクツ(オランダ)
2011
「美女」SNOW Contemporary (東京)
「美女」SLANT(金沢)
2013
マリアン・クラマー・プロジェクツ(オランダ)
2014
「6th Sense」SNOW Contemporary (東京)
2016
「闘ウ女神タチ」松本市美術館(長野)
「shape shifting」マリアン・クラマー・プロジェクツ(オランダ)
2017
「アマゾンナイルタクラマカン」SNOW Contempoary(東京)
2018
「New works」 マリアン・クラマー・プロジェクツ(オランダ)


グループ展

2002
レンヌ ビエンナーレ(フランス)
国際彫刻シンポジウム(ドイツ)
2003
acbギャラリー(ハンガリー)
2004
コンクール ジュンヌクレアシオン、パリ(フランス)
国際彫刻シンポジウム(ドイツ)
2007
「Bird Watching」de Vishal(オランダ)
2008
「global nomads」タニャ ルンプフ ギャラリー(オランダ)
2009
「Exemplary」タニャ ルンプフ ギャラリー(オランダ)
「Uit Japan」ライデン大学メディカル・センター(オランダ)
2010
「Featuring S(outh) E(ast) A(sia) -g27」  ファビアン&クロード ワルター ギャラリー(スイス)
2011
「ask the wine」ハイネストビル2F展示室(京都)
「TOKYO PARIS ROTTERDAM」Museum Tongerlohuys (オランダ)
2012
東日本復興支援アート&チャリティプログラム「KISS THE HEART#1」三越伊勢丹(東京)
2013
六甲ミーツ・ア−ト 芸術散歩 2013(兵庫)
2014
「Red Bull Music Academy Tokyo 2014 ART](東京)
「たぐ展☆」松本市美術館(長野)
「next 信州新世代のアーティスト」ホクト文化ホール(長野)
「反戦-来るべき時代に抗うために」SNOW Contemporary(東京)
2015
「信州新世代のアーティスト展2014」長野県伊那文化会館(長野)
「next信州新世代のアーティスト展2014 in銀座」銀座NAGANO(東京
2016
「LUMINE meets ARTAWARD 2015」(東京)
「Unveiling vol.1」SNOW Contepmorary(東京)
「踊れ彫刻-覆面男と服好き女-」hpgrp Gallery Tokyo(東京)
2017
「ユニバーサル・ネーチャー:日本の現代美術家6名によるカレワラ展 」
セゾンアートギャラリー(東京)
「So It Grows!」 Centraal Museum in Utrecht(オランダ)
2018
「Echoes from the Past | Tokyo | Berlin | Kerava」ケラバ美術館(フィンランド)


受賞等

1999  財団法人イノアック国際教育振興財団奨学金
2001  フランス政府給費留学奨学金
2004  大賞 国際彫刻シンポジウム、マルクノイキルヘン(ドイツ)
2005  エルンスト・バルラッハ賞 (ドイツ)
2013    六甲ミーツ・アート 芸術散歩 審査員特別賞
2015    ルミネミーツアートアワード グランプリ 

履歴

1975  長野県松本市生まれ 東京在住
1998  玉川大学 文学部 芸術学科 彫刻専攻 卒業
2001  愛知県立芸術大学大学院 美術研究科 彫刻専攻 終了
1999  アトリエ・デュ・カルーゼル、パリ(フランス)
2003  ナント国立美術大学、ナント(フランス) フランス国家造形芸術家資格 取得
     ※以下3校、ナント国立美術大学から、ヨーロッパ高等教育交流プログラム(ERASMUS)により留学。
2004  デンマーク王立美術大学、コペンハーゲン (デンマーク)
2003  ナーバ美術大学、ミラノ (イタリア)
2002  カールスルーエ国立美術大学、カールスルーエ(ドイツ)





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信濃毎日新聞2014


朝日新聞2011


信濃毎日新聞2011







「コンテンポラリーアートの面白さは、「視覚プレイ」と「頭脳プレイ」がどのようにして組み合わさ れているかによって決まる。極論すれば、ただ単にウィジュアル的な面白さ、工芸的な見事さだけでは、 新しい価値生成とは言えない。情報エネルギー、そして物質の「変換」(トランスミッション)がいか に行われているか。そこが一つの判定基準になるといってよい。 飯沼英樹の作品は、このコンテンポラリーアートの今日的な条件を見事に達成している。街頭で「盗み 撮り」された女の子たちの画像は、多くのケイタイで撮影された写真と「共有のまなざし」をもち、そ してそれが古典的な(原初的な)木彫へと変換される。それは、同時代の流動性や刹那へのダイブであ りながら、時間を超えた「所有のよろこび」を人々に与える。 アートという「変換」の面白さを見事に体現する飯沼英樹は、間違いなく、時代のフロントラインを切 り開く重要な作家に成長するだろう」

後藤繁雄(京都造形芸術大学教授 / アートフェア TOKYO FRONTLINE ディレクター)







「意図的に稚拙さが残された木彫の表層は、美しい女性に対する彼の欲望を成就させることがない代わ りに、畏怖にも似た憧憬のみを強調する」

青山悟(アーティスト)




「飯沼英樹は、何百年と続く日本の伝統的な木彫を習得したマイスターであり、彫刻に生命を吹き込む 作家として展覧会に招待された。彼はファッションショーやモード雑誌、あるいは街を闊歩する女性を 潜在的なモデルとし、作品化する。印象的なポーズをとり、キャリア志向だが同時にセクシーであるこ とも忘れない現代的な女性を見事に表現している」

2010年3月24日「Tages Anzeiger」誌







作家コメント kiss the heart 2012




私は常に「女性」をテーマに木彫作品を制作しています。それは男性である私の中にある「女性性」を顕在化させる作業であるとともに、男性の視点からみた女性の神秘性や力強さを表現する作業でもあります。特に、都会に生きる現代の女性の洗練されたしなやかさや強さには、心が強く引きつけられます。

今回の展示では涅槃図の構成から着想を得、私が憧憬を抱く現代に生きる女性達を神々しい存在として展示いたしました。大昔から女性達がつないできた「生」をさらに未来へ伝えていきたい、という希望と祈りを込めた作品です。




作家コメント アゲンスト展2013




芝生の上を飛んでいるフリスビーを彫刻にしたいなら、芝生に芸術空間としての床の役割を与えればよい・・・つまり、彫刻を支えるものは台座や壁といった物理的なものではなく、作り手と観る人との共通理解なのです。美術史をアーカイヴ化しそれを踏襲する、という西洋から伝わった現代アートという競技をプレーすることです。

少しでも惹かれた作品のことを調べていけば、自然とその流れにあるアーティストが見え、ひと続きとなっていることが理解できるのです。テレビや映画を受身で見るのではなく、無責任なツィートをするのでもなく、主体的に探求していくことこそアートを観るということだと思います。

彫刻家に課されたルール作りを、観る人たちに広く知ってもらわなければならない。今回の展覧会はそういう意味においてとても重要だと思っています。






2013 7/30 トーク at SLANT  飯沼英樹×秋元雄史 4 pages


秋元(以下 A):今日は飯沼さんの作品の話を聞かせていただけるということで、いろいろ質問させていただきたいと思います。よろしくお願いいたし
ます。実は搬入をしているときに作品を見せていただいて、一緒にお昼ご飯を食べながら、飯沼さんの考え方をお聞きしました。
飯沼(以下 I):(あのときは)熱い話になってしまいましたね。
A:まず、展覧会タイトルについてお聞きしたいと思います。「美女」って今どきあまり使わないように思うのですが、このあたりの心のうちを教えてい
ただけますか?
I:小さいころから、女の子みたいな顔だと(周囲に)言われていた記憶があります。フランスという国自体が芸術の都、花の都、パリに代表されるよう
に幻想を抱かせるように聞いていて、いつか芸術家になってパリで活動したいなという夢がありました。そうした憧れがあって美術を続けています。
美しいものが昔から好きで「美女」というテーマにしたのは、人種差別の問題や戦勝国の人だから美しいということなどとは関係なく、小さいころから
青い眼の女の子がかわいいと思っていて、フランスに留学したときには身の周りがそのような美しい人たちばかりで、これ(「美女」というテーマ)しか
やることがないだろうと思って、「美女」というテーマを突き詰めていろいろな国で制作をしてきました。
A:展示している作品自体も「美女」シリーズになるということですか? 個々の作品のタイトルも「美女」に絡めているのですか?
I:例えば、あの作品は「Unpredictable opium」(想像できないアヘン)、「Flamboyance vanity」(魅惑的な虚栄心)となっています。
A:なるほど「美女1」、「美女2」となっているわけではないのですね。個々の作品をつくるときには別のテーマがあるということですね。
I:そうですね。今回はXYZ collective(東京都)のスペースを見たときに、天井の高さを埋めるためにはどうすればいいか、何ができるかを考慮して作
品を制作しました。
A:作品タイトルについてさらにお聞きしたいと思います。先に言葉のイメージがあるのか、もしくは視覚的なイメージがあって展開していくのか、制作
方法を教えてください。
I:完成した作品に対して、タイトルは後からつけます。タイトルについては、一時期はもっと説明的なものをつけていたのですが、今はドライにつけて
います。
A:作品タイトルは後づけで、作品と距離をとってタイトルをつけているということですね。作品制作の動機になるイメージなどはどのようなものがあり
ますか?ファッション雑誌などのグラビア写真の女性のイメージが関連しているのでしょうか?
I:僕は男性で異性愛者なのですが、小さいころは女の子のようにかわいいと周囲に言われてきました。そのように言われれば言われるほど、自分の中に
ある女性的な部分、つまり男なんだけど女というものが気になってきて、毎回女性の彫刻作品をつくるのはなぜかということを掘り下げていくと、自分
の中の女らしさというか女性性が大きな要素になっているのではないかと気づきました。
作品を観てくれた方が男性だったら男性の中にある女らしさ、女性だったら女性の中にある男らしい部分、そういったものとコミュニケートしていけるの
ではないかと思っています。
A:そういった部分では、屈折しているというか、私は超男性なので(笑)、作品を観たまま「お、きれいな女性だ」と感じてしまうのですが、飯沼さん
はちょっと違ってて、(女性の彫刻作品を)憧れの対象物としてつくるのではなく、自分の中にある女性性のようなものとリンクさせて制作しているとい
うことでしょうか?
I:そうですね。自分の中の女性が憧れる女性像ということで制作しています。
女性から見た憧れの女性というものは、ある程度固まったイメージがあると思うんです。ですが、自分は男性なので、いろいろな女性があり得るのではな
いかと考えています。女性のイメージに対していろいろなヴァリエーションがあります。そのためいろいろな女性の彫刻作品ができていきます。
A:なるほど。対象物として見るのではなく、自分の内面を掘り下げていって見えてくるというか、男性としての憧れなのか、それとも自分の中にある女
性性からの憧れなのかどうなのでしょうか。
I:女性が社会進出できるようになり、女性の力が強くなればなるほど男性の立ち位置というものも対応して変化せざるをえないと考えています。昔の男
性は(女性に対して)「俺について来い」といった態度でいればよかったと思いますが、現在の社会はそれでは許されない状況になっていると思います。
外国で離婚率が高まっているという統計などを見ると、世界的にも男女の関係が変わってきていると感じています。
A:面白いですね。確かに紋切り型の男と女の役割分担を維持していくことはきつくなっていると思います。私は根っからの「男」といった古い世代なの
で従来の「男」を演じることがしんどくはないけれど、けっこう後から「男」になっているところはありますね。
成長段階で「お前は男だろ」と言われ続けて行くなかで、男の子だからとか女の子だからとか……社会的な習慣や社会の中での立ち位置が昔ほど紋切り
型というか固定的ではなくなってきたというか。ある面では自由という言い方ができるしあいまいになってきている。単純に男として生きるということ
がイメージしづらくなっている。
社会的に男になっていく部分がある一方、生物学的には男女で体のつくりが違うわけで、そうしたギャップは昔なら世の中が決めてくれたけど今は自分で
決めなくちゃいけない部分がある。
I:この次の展開として、男性と女性の違いを掘り下げていくことが男性作家としてできることではないかと考えています。例えば、女性ならではのもの
として、28日の周期が本能的、肉体的に備わっています。そのことによる表現ができたらと思っています。
A:私たち人間はプリミティブな生物として長い歴史を持ち、ややこしい文化というものも背負っている。その中でそれぞれ男女の役割を演じている。芸
術家、ファッションデザイナーなどは、感覚的には男性か女性かどちらによるものなのか分からない部分が多いと思います。特に表現の上ではむしろ男女
両方の感覚を持っていたほうが良いとも思います。
I:そうですね。日本では家父長制があって、男性が長で女性はその食事が終わるまで食事を待たなければいけないといった社会的なルールがあったか
ら、男女の関係は体のつくりの違いを抜きにして成立していた部分があると思います。ですが、実際の違いを感じる瞬間というのは、ハグしたときときの
匂いや皮膚の弾力など感覚的に男女の体のつくりが違うと実感できると思います。






A:際どくなってきていると思います。日本が近代化していく中で男性が外へ働きに出て、女性は家庭を守るという家族像ができあがったとおっしゃいま
したが、そのイメージ自体は文化的につくられたもので最近のものです。
江戸時代では歌舞伎の女形がいたりするなど、男女の間にいろいろな種類の性的嗜好を持つ者がいて、風俗としても自由がありました。
現在、私たちがイメージしている男女の関係や家庭が社会に対して果たす役割というものは、明治時代以降の短い時間の間にできているので、ある面では
過去に戻っているというか、次の時代に移行している感じはあるのではないかと思っています。
飯沼さんの作品を読み解く上で、現在の社会状況を重ねて考えることは重要なのではないかと思っています。
A:作品についてお聞きしたいのですが、ポーズや着ている服は風俗やモードを感じさせます。どのような意識で制作しているのでしょうか。
I:まず、作家として闘わなきゃいけない対象として、例えば仏像やジャコメッティの作品があります。
A:えっそうなんですか。
I:作家として活動していく上で、人体の彫刻はすっと立っていなきゃいけない、などといった固定観念を崩して、彫刻でできる限界に挑戦していきたい
という意識があります。
ギリシャ彫刻に見られるようなアカデミックなポーズによる性格表現や美の基準に対して、体の表現を通してもっと自由に形と人格を表現したいと意識し
て制作しています。
A:確かに飯沼さんの作品は、通常の人間がなかなかしないポーズというか自由なポーズをしていますね。
実は近代彫刻に対するアンチテーゼでもあるんですね。
I:だからといって、アンソニー・カロのように抽象的な形態で台座を取り除いたりするのではなく、ミニマルにもいかず、人体にフォーカスして具象表現
を追及していきたいと思っています。
A:人体じゃないといけないのですか。動物の彫刻などはいかがですか?
I:動物(の彫刻をつくるの)は嫌いですね。結局外側を見ている気がしてしまうので。過去の歴史で具象彫刻で闘ってきた先人のアーティストたちがい
るので、具象彫刻にこだわりたいという意識が強いですね。
A:芸大の教育によくあるような、彫刻におけるリアリスティックな表現、例えば筋肉の表現など古典的なものへの違和感を持っているんですね。
では作品のポーズを決めるときに鍵となるもの、モチベーションとなるものは何ですか?
I:例えばあの作品は(「Unpredictable opium」(想像できないアヘン)を指で示して)、モチーフになったイメージを頭の中で回転させて、台座を想
像して、バランスが一番危ういところをポーズとして決めています。
A:ああした女性のポーズは完全に創作なのですか?
I:いえ完全には創作ではありません。ある程度は元になるものがあります。自分の考える美しさのイメージに合わせていろいろ変更を加えて試行錯誤し
ています。
A:よく聞かれると思いますが、木彫というと仏像のイメージが強く、古くからの技法であり扱いやすい素材ではないと思うのですが、どのように感じて
いますか?
I:その点について、影響を受けたアーティストの話をさせてください。ヨーロッパ滞在時に多くの美術館へ行き、作品を観てきました。日本に帰国して
も頭にこびりついている作品があって、あれはなんだったんだろうと考えたときにゲオルグ・バゼリッツ(Georg Baselitz)というドイツ人の作家が浮
かびました。大きな木をチェーンソーで三つに切っただけというような作品を作っていて、なぜあのような(一見未完成の)時点で作品として完成してし
まうのかが分かりませんでした。感動や情熱は強く伝わってくるのですが、日本の彫刻観からすると、あんなのはテクニックじゃないと思ってしまったん
です。
A:それはバゼリッツの木彫作品を否定的に見たのですか?それとも肯定的に見たのでしょうか?
I:とにかく疑問だったんです。
A:70年代後半から現代アートの多くが具象的な要素のものに変わっていくのですが、その時期に当時の東ドイツからバゼリッツが出てきました。表現
主義的に粗っぽく人体を描き、いつも逆さまに展示してあるのが特徴です。木彫の人体も制作しているのですが、これもかなり粗っぽくチェーンソーで制
作されているのが特徴です。
一見暴力的にも、ちゃちゃっと制作しているようにも見えますが、よく見ると人体が表現されています。
I:日本でバゼリッツのことを調べようと思ったのですが、栃木県立美術館の「ゲオルク・バゼリッツ展 -絵画の凱歌-」(2005年)で展示されたくらい
で本でもほとんど紹介されていませんでした。世田谷美術館で開催された「パラレルビジョン」展(1993年)というアウトサイダーアートを紹介した展
覧会のカタログで紹介されているのを発見しました。
そのカタログによると、バゼリッツは子供の絵を集めていて、それらを美術のコンテキストに載せて表現したと紹介されていました。そうなるとそれ以前
にデビュッフェとか、ゴッホとゴーギャンの関係とかそういった流れの中にバゼリッツがスコーンと来るんだと思ったら、その中にはアンフォルメルやタ
シズムなども入り込んでいて……だからこうした表現が成り立つのだと僕的に解釈することができました。
きれいに仕上がった仏像よりも、粗さの中にも成り立つ感情表現に感銘を受けました。
A:(バゼリッツは)反美術というか非美術、アートかどうかということはどうでもいいと考えている人なので、精神的な部分でアウトサイダーアートに
ついて考えている人だと思うのだけど、アウトサイダーアート的な部分については自分の作品の中でどう引き受けようと考えていますか?
I:僕の作品には表面的な美しさというのもあるのですが、粗く仕上げている中に人間の手が留まっている部分にも興味があります。
そういった意味では、ある作品では髪は粗いまま表現し、顔の部分は丁寧に表現しています。
A:お話を聞いていて、作品を観たときのイメージと違って面白いと感じたのは、飯沼さんがヨーロッパ的な美術史を強く意識している点と彫刻的な考え
方を展開している点です。
もっとアメリカ的なポップな要素を意識して作品を制作しているのかと思っていました。
I:ドローイングは制作しないのですが、過去に布や鉄を素材として作品を制作してみて手ごたえをあまり感じませんでした。自分の感情をぶつけるもの
がないというか……。





A:ざっくり言ってしまうと、飯沼さんの作品からは、横からよりも正面から観たほうがかっこいいというか絵画的なポップさを感じていました。 です
が、作品をよく観てみると、どこから見ても変わらないというか彫刻的な魅力を感じます。
I:僕自身、彫刻というものに対して嫌いというか、ロマンティックなものを感じています。彫刻家というよりも現代アートの作家になりたいと思ってい
ます。
A:なるほど、では展示の方法についてお話を聞きましょう。
展示場所によってかなり変わってくると思います。昔のように台座の高さが百数十センチと決まっていて、鑑賞者の目の高さが彫刻の胸の辺りにきて、と
いった展示ではないですよね。
作品を上に置いたり、下に置いたり、観る側にとっては首を動かしたりする必要があります。その点が先ほどの現代アートの作家としての意識につながっ
ているのではないですか?
I:そうですね。かなりつながっています。それがなかったらかなり難しいです。インスタレーションが一時期流行ったのですが、空間がなくなると作品
自体も消えてしまいます。それよりは、ものにまつわる空間がその場全てをオーガナイズしているという意味で、展示の方法は強く意識しています。
A:今回の展示での見どころ、ここを観てほしいといった点はありますか?
I:ん〜〜、そうですね、今回は導線をつくるのが難しいと思ったので、パッと展示場所に入った瞬間に目の前にガッとくるものを中心に選んで展示しま
した。ただ1点1点の作品はさまざまなポーズをとっているのですが、でもきれいに見えるといった要素を詰め込んではいます。
A:展示する側にとって大変かもしれないのは、SLANTにはむき出しの柱や窓がところどころおまけのようにある点だと思います。
大きな窓があるなど、真っ白なギャラリー空間とは全然違います。
I:そうですね、例えば、そこにある角の2点の作品の場合だと、通常のギャラリー空間ならあの2点はぶつかり合ってしまってどちらかに集中して鑑賞す
るということができなくなるのですが、あそこの角の窓にスリットが入っていることで左右に分けて集中してそれぞれの作品を観ることができます。
そうした場の環境をどんどん展示に取り入れています。
A:そうですね。各々の作品を観ていくと、空間と1点1点の彫刻作品が関係しているのが分かります。
大きいのも小さいのもあるけど、大きいからすごい、小さいからすごくないということもないし、大作と小品という構成にもなっていなくてそれぞれの
作品で場所を作っていくというのは意識していますか?
I:すごく意識しています。そうするとさっき言っていた自分自身の女性性に問いかけたり、自由ではあるんですけど、そこで提出した作家の考え方に向
き合うには別の人、彫刻にノイズなどが入ってくると……。
A:今回はうまくいっているんですか?
I:どうですかね(笑)。
この高いの(「Flamboyance vanity」(魅惑的な虚栄)の台座を指して)は(展示場所に)入るかなって思っていたんですけど、いいじゃん、これはあ
りえると。これとあれ(「Unpredictable opium」(想像できないアヘン))を中心に作品集を見ていただくと分かるんですが、作品を自然や街中の風
景を背景にして写真を撮るという活動もしていて、そうした意味では後ろの緑色と女性像の目の中の緑色と髪の毛の色の関係は意識しています。
A:彫刻家と言われるのはどうも……と言っていた気持ちはカタログにもよく出ていますよね。作品を街中に持っていって敢えて関係づけたりすることか
らきているんですね。
作品と外の変わっていく風景とを関連づけている。
個人的な感想なんですが、私の一番好きなのはこれ(「Chloe」?)なんです。非常に美しいなと思っています。
ご本人からすれば意地悪な質問かもしれませんが、この中で一番気に入っている作品はどれですか?
I:限界に挑戦するという意味では「Flamboyance vanity」ですね。スケール感とマッスルなところがきれいさよりも魅惑的に見えます。
A:限界というのはどういった意味ですか?
I:サイズ、ポーズですね。もっと大きいのはつくったことはあるのですが……。
A:真正面に置いているということはそうなんでしょうね。
展覧会が始まったばかりなのになんですが……次の展開は何かありますか?
I:さっき話していたような、自分の中の女性性的な部分もあるのですが、女性の本能ということ。例えば子供が生まれる理由とか、男が女を好きになる
理由などをテ−マとして考えています。科学的に10人の男女の体臭を取り出して、それぞれの異性にかがせると、遺伝子的に一番離れている人の異性の
匂いをいい匂いと感じるそうです。また遺伝子的に近い人の匂いは嫌な匂いだと感じるらしいです。
A:要するに、自然の法則の中で近親相姦的な関わりを避けているということですよね。ほんと?
I:そういう調査結果が出ているらしいです(笑)。
A:生物学的には面白いと思うんだけど(笑)、文化っていうのは逆をいくんですよ。つまり天皇家の血筋とか、ヨーロッパの王家の血筋を調べていく
と、どんどん血統を濃くしていくという傾向があります。カルチャーというのは不思議なものです。へんてこりんな生き物ではありますね。
I:そうか、次どっちにしようかな(笑)。
A:カルチャーっていうのは、またがるのが作品のポイントだと思いますよ。モードって言うのは流れていくものの中にその時代のエッセンスがあると思
うし、その時代に常識だと思っていることがちょっと変化しただけで、笑っちゃう非常識なものになってしまうわけです。
昔の人たちが頭の上にちょんまげを結っていたことは、(今考えると)異様なことじゃないですか?
文化の持っている不気味なくらい変な感じというか……。
I:それについてはすごく考えています。野外彫刻というのはもともとモニュメントとして存在していて、一方で写真はドキュメントしていくものという役
割があって、時代とか文化というものを表すのは、モニュメントでありドキュメントでもあると思います。彫刻はもともとモニュメンタルなものなんだけ
ど、どんどん



ドキュメントの方向へ切り刻んでいきたいということを考えています。
A:飯沼さんの作品にこういう要素があれば面白いだろうなと思う点について。木彫というのは非常に手間がかかるし、厄介じゃないですか。
インターネットのようにスピードを上げていけない部分がある。でもそのような中で出来てくるイメージは、ネットのようなスピードのあるメディアより
も速いと思う。そうしたギャップがあればあるほど面白いと思うんですね。
(彫刻作品を指して)こうした女性のポーズは発泡スチロールを削って、ペイントして作ってもいいわけじゃないですか。
でも敢えて木彫でやっていくことで、そうしたギャップの中から出てくるズレ感というようなものがあると思う。発泡スチロールでやったらもっとぴった
りとしちゃうというか、作りたいものと使っている素材との距離感が一致しちゃうので、矛盾や問題は出てこないんだけど、ズレるから面白いんですよ。
I:ありがとうございます。では次はもうちょっとズラしていこうかな(笑)。
A:ぼちぼちまとめる方向に入りたいと思います。質問はありますか。
I:質問の前にいいですか。ここのスペース(SLANT)っていうのがすごく興味深いと思って、ここで(展示を)やらせていただくことを決めたんです。
自主運営というのは厳しいと思うんですね。かといって作品を販売していくっていうのもすぐには難しいと思うんです。
今回の展示に合わせて制作した作品集を使って金沢全体を盛り上げていくためのドネーション、寄付を募りたいと思っています。というか買ってほしいで
す(笑)。
A:とてもいい写真が載っているので、気に入った人はぜひ買ってください(笑)。
300部限定1500円です。
合わせて、SLANTでの展覧会を企画した市川さんから、今回なぜ企画したのか説明したほうがいいんじゃない?
市川:ここで言うのも個人的で恥ずかしいんですけど、もともと本とかを作るグラフィックの仕事をしていて、なかなかこういった立体作品を観る機会は
美術館以外ではほとんどなくて、たまたま友人の集まりで飯沼さんの小さい作品を観たことが記憶に残っていました。その後画像がたくさん載った飯沼
さんのサイトを見たときに、グラフィックにも通ずる部分があって、野外の背景と彫刻作品がミックスされたビジュアルに魅了されて、私の持っているグ
ラフィックの部分と飯沼さんの彫刻が、展覧会と作品集を作ることによっていろいろな人に発信できたらなという思いで企画しました。
A:その作品集はディレクションは誰が担当しているのですか?
市川:編集、デザインともに私が担当しています。飯沼さんの2007年くらいの作品から最近の作品まで掲載しています。
今回、金沢の福光屋さんにご協賛いただきまして、加賀鳶というキレのある、飯沼さんの彫刻に合うような日本酒を用意しています。
ラベルが展覧会オリジナルの仕様「美女」になっています。
販売はしていないので、会場で思う存分飲んでください(笑)。
A:では質問ある方いますか。
質疑応答
お客:お話の冒頭でパリジェンヌに憧れていたとお聞きしましたが、アジアや日本の女性にも美意識を感じることはありますか?
西洋と東洋の女性では肉体的に骨格が違うということはあるとは思うのですが。作品は全て青い目の金髪女性だったので気になりました。
I:簡単に言うと、自分の中の西洋コンプレックスであり女性コンプレックスでもありますね。美しさという意味ではアフリカ人女性やアラブ人女性の美
しさもあり、アクセスコードはたくさんあります。
A:誠実な意見で面白いですね。そうしたコンプレックスを今後どう扱っていくのか、批判的に扱っていくのかどうかでより作家性が出ていくと思いま
す。
お客:例えば、西洋の女性が憧れの中だけの対象なのか、男女の関係を意識した性的な意味での対象なのかいかがですか?
I:突っ込みますね(笑)。結婚しているので男女の関係というのは意識していないです。
A:現代において黒人が白人化していくという意味で歴史的な出来事が2つあると思っています。
1つはオバマ大統領。黒人が姿かたちを変えずに白人社会のトップに立つということを外部との関係によって成立させたこと。
2つめは内部の問題として身体を白人化させていったのがマイケル・ジャクソンだと思うんです。
コンプレックスというのは面白いテーマだと思います。
I:面白いですね。内部的に、もしくは外部的に西洋人化するのか。
A:アートの世界では、西洋主体のヒエラルキー自体を解体するというのがマルチカルチュラリズム(多文化主義)の一つの側面です。
ある種の階級闘争のようなものなんです。
時間があるようなので、作品についての批評のようなものを言わせていただきますね。
1点目にファッション雑誌に顕著なマスメディアによって量産されていくイメージの問題。
2点目は生物学的な男女という二種類のみに分類できないセクシャリティーの多様化という制度の問題。またそれぞれが社会的な男性像、女性像というも
のを背負わなければいけなくなっている。
飯沼さんの作品はこの二つの極めて現代的な問題にリンクしています。今後どのようにこの問題をテーマとして乗り越えていくのかというのがポイントな
のかなと思います。
I:例えば僕たちはファッションを消費して満足しているわけですが、結局消費行動は消費社会における一つの歯車でしかないわけで、そこに一人の人間
性までもが組み込まれてしまっています。生身の人間であるファッションモデルですら商品として、ものとしてファッションショーで扱われている現実に
対して、個々の人間性や人格をどう表現できるかというのを考えています。
A:アメリカ型の高度な大衆消費社会のシンボリックな存在はレディー・ガガだと思います。
女性性を消費されずに日々作品を制作できる、彼女のクリエイティビティーは圧倒的ですよね。
現代アートに負けず劣らずの現代性と強さを持っているし、応援もしています。ああいう姿勢はすごいと思います。
ああいったマスで扱われるということこと、性の問題、どちらも消費されていくものなのだけれども、その中でどのように闘って乗り越えていくかという
のはすごく面白い点だと思うので、飯沼さんにもぜひチャレンジしていただきたいなと思います。
というわけで、本日はありがとうございました。






web site [SHIFT] インタヴュー


Text: Yuko Miyakoshi



飯沼英樹

今年の2月にアートフェア「TOKYO FRONTLINE」を訪れ、何人かの人に注目すべき作家は?と質問したところ、ほとんどの人から「飯沼英樹」いう名前が挙がってきた。その時の展示がヨーロッパでの就学、アーティスト活動を経て日本へ戻って来た飯沼氏の日本初発表だった。ビビッドなピンクを背景に歩く女性たちの姿が、鮮烈な印象を残す。かたわらには街中で撮影したというモデルの女性たちの写真も展示されている。これはもしかしたら盗撮では?それにしても、ぱっと見のプラスティックな印象とはうらはらに、この彫刻には確かな造形力ががある。一体この作品を作ったのはどんな作家なんだろう?新進気鋭の作風といい、唯一無比の存在感といい、謎の多い作家である。今回のインタビューでは、作品への思いや制作の裏話もお伺いし、飯沼氏の素顔に迫った。


現在のようなスタイルで女性の木彫彫刻を彫られるようになったのは、いつ頃からですか?

2000年に愛知芸大大学院を1年休学してパリに留学しました。卒業した後、フランスのブルターニュ地方にあるナント国立美術大学に留学しました。フランスで学んだことは、西洋美術のルールにのっとった作品は、わざわざ説明しなくても正しく解釈してもらえるってことですね。学科が分かれていなかったのでパフォーマンスやビデオ、写真、CGなどに触れるチャンスもありました。アーティストそれぞれが、西洋美術史を勉強し、一体自分の作品が美術史のどこに位置づけられるのか、誰から影響を受けているのか、ということを常に意識しています。そういった新しい価値観に触れながら、今のようなスタイルの作品を作るようになったのはその頃からです。


飯沼さんは下絵をおこすことなく、写真から作品を彫り起こすそうですが、どのように素材を集められているのですか?

「TOKYO FRONTLINE」で発表したスナイパーシリーズでは、日本の街を歩く一般の女性を撮影しました。あえて写真を使うのは、生身の女性だとイマジネーションが湧きにくいというか、萎えてしまうというか、「人」を意識してしまうと、作れなくなるのです。 身近な人を作るとか、美術学校でよくやるようにモデルを立たせて作るということは、まずやらないですね。 だから自分にとって全く関わりがないけど、一瞬で何か感じた人をモデルにしました。


先日XYZ collective」(エックスワイジー・コレクティブ)と「SLANT」(金沢)で行われた個展「美女」ではファッション誌の写真を使われていましたね。

「美女」展はファッションと美女をテーマにした展覧会で、ファッション誌からモチーフを選んでいます。雑誌の中から現代女性を象徴するような写真を探しました。ギリシャ彫刻とか運慶・快慶もそうなのですが、 ポーズや服というのは昔から肉体の強さとか権威を象徴していた部分があるので、それによって僕の想像する美女を表現しています。


ファッションには特別な思い入れがありますか?

ファッションの流行がどんどん変わっていって、少しでも古くなってしまったものが面白いように捨てられていくのが、人間の欲とか社会の新陳代謝を表すものとして見つめていきたいテーマですね。ファション雑誌をモチーフに使っているのに、ファッションの現場のことを全く知らなかったので、2003年にミラノにあるファッションデザインの学校に留学しました。
学校では靴やTシャツの襟をデザインしたのですが、学生達は建築などファッション以外のモチーフをデザインに混ぜ込んで作品を作っていました。メディアを浸食してデザインをする手法はとても新鮮でした。
ミラノファッションの内側を体験したことは今の表現に生かされているし、最新ファッションには常に興味があります。


色彩のポップな印象などから、海外では日本のポップ・カルチャーを連想されることもあるかと思うのですが、飯沼さん自身はアニメや漫画などのカルチャーから受けた影響はありますか?

確かにフランスではそういう反応を受けたこともありましたが、僕自身が影響を受けているというわけでないですね。ヨーロッパで勉強した時には周りにアンチポップな考え方が流行っていて、僕自身も漫画やアニメというより、別な方向に掘り下げた表現を理解してもらいたいと思うようになりました。


日本デビューとなったアートフェア「TOKYO FRONTLINE」での展示、その後の個展「美女」にはどのような思いで臨まれましたか?

TOKYO FRONTLINE の時には、アートフェアという場で何か事件性を盛り込めるんじゃないかと思い「スナイパーシリーズ」という名前をつけました。街での撮影は相手に気付かれるか気付かれないかの瀬戸際がけっこうスリリングです。でも小さなカメラで隠し撮ったりすると犯罪にひっかかるので、ちゃんと一眼レフをかまえて、僕は写真を撮りました。お洒落した格好を見られたいという女性達の願望、街でお洒落な人を見たい願望、その視線を彫刻という形にしました。街で「狙撃」した一般女性をランウェイで歩かせる展示方法によって一つの解決をみたと思っています。

「美女」展では、 僕自身の女性性をセルフポートレートする方法によって美女を表現しました。女性が大好きな男性的な自分と、女性の美しさに嫉妬している女性的な自分がツイストすることで、女性らしさを演じたり、男性らしさを演じるような役割を求められる社会、または男性化する女性、女性化する男性、といった現代社会をあぶり出すことができるのではないかと考えました。

僕自身はすごく男性的でマッチョな気持ちでモデルを選ぶこともあるし、反対にレディーファーストを徹底した女性礼賛みたいな気持ちで作品に向き合うこともあります。青山悟さん(現代美術家)とのトークショーの時に、「女装癖はないの?」とか言われたりもしたのですが、 女性になりたいというわけではなくて、女性性を追求していくことで女性的になっていくというよりは、それぞれの性を意識して作品化していく感じです。


飯沼さんがモチーフにされているものの一つに「消費社会」がありますが、それは飯沼さんにとって重要なモチーフですか?

そもそも世の中に出回り読み終わったら捨てられていく雑誌は消費社会を象徴しているんじゃないかと思うのです。その中でも、ファッション雑誌は一時のブームで刷られては破棄されていく。ファッションそのものの華やかさに惹かれるというよりは、切り捨てられていく「はかなさ」のほうに魅力を感じるところがあります。それと同時にモデルたちも歳をとったら捨てられていく、という女性のはかなさもあるし、「美」というもの自体がそういうものだと捉えられます。
 
でも2月にTOKYO FRONTLINEが終わった後、消費社会をモチーフにすること自体が時代遅れなのではないか、という気がしてきたました。直前にエジプトでフェイスブックによる革命が起こって「消費」よりももっと大変な時代が来たと感じました。その後の震災で価値観が根底から覆されるようなことがあったので、消費社会という言葉がしらけて聞こえるのかもしれませんね。


3.11以降、制作に変化はありましたか?

僕は3月15日に家族と大阪の親戚の家に避難したのですが、東京を逃げた罪悪感でいっぱいになりました。その時、第2次世界大戦でパリから日本に帰ってきた岡本太郎や藤田嗣治、そして反対にパリに残った長谷川潔やパブロ・ピカソのことを考えていました。長谷川潔は収容所に入れられても最後までパリに残って版画を続けました。パブロ・ピカソは権力に対して真っ向から抗議して、描き続けることこそが芸術だと直感したのではないかと思いました。そう考えてから、僕も東京に帰って作品を作り続けようと決意しました。

福島の原発問題で真実を隠した報道による国家の危険性が指摘されたりしましたよね。アーティストが国家権力に対して個人の表現の自由をどう考えていくのか僕自身も今考えていることです。3.11以降は、今までと変わらず制作を続ける力強さを求められるというのもある一方で、その変わらないことに対する罪悪感みたいなものもあります。





ヨーロッパでの活動を経て、現在日本を制作の場所に選ばれたのはなぜですか?

5年間いろいろな国のアトリエを渡り歩いてきてたのですが、まず生活基盤、ベースをしっかりさせよう、という思いで日本に帰ってきました。住む家、アトリエもそうだし。外国に行って目新しいものから受けるインスピレーションもあるのですが、メンタリティーとか歴史や文化をふまえての会話というのは、こちらも想像しながらになるし、深いところまで理解しようとすると時間がかかりますからね。デンマークの美大のワークショップでサイモン・スターリング(現代美術家)に会ったんですが、彼に「君にはオリジナル・ランゲージが無いね」と言われたんです。英語もフランス語も話せる気になっていたのですが、日本語で色々考えていく過程というのは、もっと味わったり、深めていけますよね。自分のコンセプトも日本語が一番ダイレクトに伝わると思います。しっかり日本語で考えたコンセプトを翻訳し世界に対峙していこうと考えています。


好きなアーティストや影響を受けたアーティストを教えてください。

ドイツ人のゲオルグ・バゼリッツというアーティストは、ヨーロッパで色々な作品を見てきた中で、頭の片隅にずっとひっかかっていました。なぜあんなに荒々しいのに、完成度が高いのだろうと。このゲオルグ・バゼリッツを調べていくうちに、美術史の中で「非技術」みたいな、きれいに仕上げない美術というものがあるということを知りました。例えばゴッホとゴーギャンがいて、ゴッホを精神障害者だと見ると――もちろんゴッホはそんなに異常ではなかったと思いますが―― その精神障害者を翻訳して表現したのがゴーギャンなのではないかと思っていて、そのゴーギャンの描いたものがナビ派からブリュッケに伝わり、抽象的に人物を描くような動きがあった。その後にコペンハーゲン、アムステルダム、ブリュッセルで起きたコブラという芸術運動があって、その一派が人間性の回復を求めるようなブラッシュストロークを使って表現した。その後にジャン・デビュッフェがいて、彼は人間の無意識の部分や子どもらしさを翻訳して描いたアーティストだと思っているのですが、そういった流れの中にバゼリッツがいたのです。彼も精神障害者とか子どもの絵を集めたりしていて、今お話したような流れをくんでいたから、荒々しい表現ができたと思います。自分が美術史の中でどこに属するのか、どこに居ようとしているのか、自分なりに流れを意識した上で、荒削りの部分と逆にメイクアップのようにきれいに仕上げていく部分とを共存させたいなと思っています。


女性性の追求というテーマは今後も続いて行きますか?また、新たなテーマはありますか?

女性性の追求は今後も続いて行きますね。男女間の惹かれあう遺伝子と動物的本能の作品化とか。写真、ファッション、デザイン、ストリートやポップカルチャーとの共犯作品などを考え続けています。


飯沼英樹
1975年生まれ、長野県出身。愛知県立芸術大学大学院卒業後、2001年よりナント国立美術大学(フランス)に入学し、同校からヨーロッパ高等教育交流プログラム(ERASMUS)によりデンマーク王立美術大学、ナーバ美術大学(イタリア)、カールスルーエ国立美術大学(ドイツ)へ留学。大学卒業後はヨーロッパでアーティスト活動を行い、国際彫刻シンポジウム 1等賞(2004/ドイツ) 、エルンスト・バルラッハ賞(2005/ドイツ)などを受賞。現在は「SNOW Contemporary」に所属し日本で活動を行う。




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2014年4月16日

飯沼英樹 “6th Sense”




会期:2014 年 6 月 6 日(金)- 22 日(日)12:00 ? 20:00 *月曜休廊 オープニングレセプション: 6 月 6 日(金)18:00-20:00 トークショー:6 月 6 日(金)18:30-19:30 戸谷成雄(彫刻家)x 飯沼英樹 会場:SNOW Contemporary (XYZ collective) 東京都世田谷区弦巻 2-30-20 1F




■飯沼英樹 “6th Sense”

SNOW Contemporary では 6 月 6 日(金)から 22 日(日)まで、飯沼英樹の個展”6th Sense”を開催 いたします。

1975 年生まれの飯沼英樹は、愛知県立芸術大学大学院卒業後、ナント国立美術大学(フランス)に入学。 同学のヨーロッパ高等教育交流プログラム(ERASMUS)によりコペンハーゲン(デンマーク)、ミラノ(イ タリア)、カールスルーエ(ドイツ)に留学し、長らくヨーロッパ各地にて活動していました。日本帰国後 の近年は、ギャラリー等のアートスペースのみならず、国内外のアートフェアや六甲山での屋外彫刻、都 内のショッピングウィンドウなど様々な空間にて作品を発表。従来の木彫イメージを覆す鮮やかで印象的 な展示は、いずれも多くの観客を引きつけ好評を博してきました。

「KISS THE HEART#1」2012 三越伊勢丹(東京)「六甲ミーツ・アート 芸術散歩 2013」六甲山(兵庫)

飯沼英樹の作品のモデルとなるのは常に現代の女性です。都会に生きる女性のみせる一瞬のポーズやファ ッション、表情を捉えた作品は、鑑賞者と視線が絡み合うことなく、それはまるで風景画やスナップ写真 にも似た距離感で表現されています。しかしそれらの作品は単に現代社会の空気感をうつし出しているだ けではなく、飯沼自身が「現代に生きる女性達の強さとしなやかさを兼ね備えた姿に、男性にはない魅力 とたくましさを感じる」と語るように、現代を生きる女性に対する強い礼賛の姿勢があるのです。




本展ではタイトルを”6th Sense”とし、新作約 20 点にてインスタレーション空間を展開する予定です。 日本における木彫は、江戸時代に活躍した仏師・円空に代表されるように、神宿る木から新たな神である 仏を表現する人々の「第六感」(6th Sense)に訴えるような存在でした。それは超自然的な何かに対する畏 敬や祈りといった思いが込められた、生活に深く根ざしたものだったのではないでしょうか。それでは、 超自然的な存在が意識されることのない現代において、木彫とは、ひいてはアートとは一体どういう存在 なのでしょうか。この度の個展で飯沼は、現代社会を生きる女性達を通じて、現代における超自然的な何 かの存在を追求する試みに挑戦いたします。飯沼の表現する個展”6th Sense”の世界が、忘れかけていた 意識を呼び覚ます機会になれば幸いです。




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飯沼英樹 「美女」

Flamboyance vanity, 2011, cypress、h130x70x180cm

会期:2011 年 7 月 8 日(金)- 7 月 24 日(日)12:00 - 20:00 オープニングレセプション: 7 月 8 日(金)17:00-20:00 トークショー:7 月 8 日(金)17:00-18:00 飯沼英樹 x 青山悟(アーティスト) 会場:XYZ collective (東京都世田谷区弦巻 2-30-20 1F)

■ 飯沼英樹「美女」

SNOW Contemporary では 7 月 8 日(金)から 24 日(日)まで、飯沼英樹の日本における初の個展 「美女」を開催いたします。



1975 年生まれの飯沼英樹は、愛知県立芸術大学大学院卒業後、ナント国立美術大学(フランス)に入 学。同学のヨーロッパ高等教育交流プログラム(ERASMUS)によりコペンハーゲン(デンマーク)、ミ ラノ(イタリア)、カールスルーエ(ドイツ)に留学し、ヨーロッパ各地にて個展やグループ展に出品、 長らくヨーロッパで活躍していた木彫作家です。



今年 2 月に 3331 Arts Chiyoda にて開催されたアートフェア「TOKYO FRONTLINE」では、蛍光ピ ンクの壁を背景にブースをファッションショーのランウェイに見立てて展示するという、強烈な世界観 で日本での鮮烈なデビューを飾り大きな話題をよびました。



飯沼英樹の作品にみられる共通した特徴として、粗く彫られた木肌の質感が挙げられます。スケッチや 下絵におこすことなく頭の中で形態のイメージを反芻し制作された作品は、繊細に彫られた箇所と、さ さくれや節が生々しいざっくりした彫り跡の両面が混在し、鑑賞者の想像力をかき立てる絶妙なバラン スを保っています。ファッション雑誌に掲載される女性や、東京の街を歩く一般女性のスナップショッ トをモチーフに制作された作品は、いずれもファッションに意欲的な今を生きる女性達であり、現代の 社会とのつながりを強く感じさせます。 また飯沼は自身で作品を撮影する際、ホワイトキューブではなく街中や自然を背景に選びます。本人に は写真作品という意識はなく、木彫のイメージをよりわかりやすく伝えるために選択した手段ですが、 「今」を捕えた飯沼の作品はどれも驚くほど現代社会の風景に溶け込み、新鮮な相乗効果を生み出して います。




このたびの日本での初個展では、飯沼は原点に立ち返り、作品に宿るべき「美」をひたすらに追求して います。飯沼を制作へと突き動かす情熱は、飯沼の考える「美」を形に表現するというシンプルな欲求 です。それは人間の理想像を追い求めるピュグマリオン的価値観からくるものではなく、価値観が多様 化する現代の「社会」に生きる作家が自ら考える「美」のあり方を、作品という形で提示するものです。

長らく海外を中心に活動を続けてきた飯沼英樹の、満を持しての国内初個展となる「美女」に、どうぞ ご期待ください。







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